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「今も心にひびく、ガンジーの言葉」の詳細記事: 村松幸彦ブログ:堂々、富士の如く

村松幸彦ブログ:堂々、富士の如く

生まれ赤子の こころ に帰ろう。

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今も心にひびく、ガンジーの言葉

インド独立の父、ガンジーの言葉に次のようなものがあります。

7つの社会的罪(マハトマ・ガンジー)

375659ea.jpg  1.理念なき政治
 2.労働なき富
 3.良心なき快楽
 4.人格なき学識
 5.道徳なき商業
 6.人間性なき科学
 7.献身なき宗教


終戦の日が近いので、最近は、
様々な平和主義者の言葉に出会う事が多いです。

今日は、マハトマ・ガンジーの言葉にふれました。
マハトマとは、インド語で「偉大な魂」という意味だそうです。

かつて英国は、インドに対する植民地運営の策として、
分割統治の手法をとっていました。
その頃インドの知識人層や実力者層は懐柔されていて、
多くの民が苦しんでいました。
リーダー格の人々は、奴隷ガシラに堕しているのに、
プライドは一流…。
多くの民が、植民地社会の仕組みにしばられて苦しんでいました。


エリートであったガンジーは、自らの地位を捨て、人々ともに歩みました。
その晩年、自国産の塩や糸(布)という生活必需品に注目し、
それらを自分たちの手に取り戻すのだ、という運動を
一つの象徴として行ったのです。
有名な塩の行進というのがそれです。
gandhi_salt_march.gif

直接的に政治を変える事でもなく、市民の暴力でもない…

ガンジーは、笑われながらも勇敢に生きました。
しかし、当時のインドのリーダーで、一番の成果を上げたのが
ガンジーだったのではないでしょうか。

ガンジーが解放したのは、とらわれて、
蹂躙されていた祖国だけではなく、
まずは、人々の心が先だったのかもしれないと感じました。
大きな事からではなく、日常的なことから気づいてゆくのが大切です。

非常に明確にまとめられた、前述のガンジーの言葉を前にすると、
彼の人生における『善意の戦い』の苦難を思います。

なるほど…、真理の言葉には違いない。
心を打つ言葉です。
一方、今の日本で普通に生活をしていると…、
違和感を覚える方もおられるのではないか…と感じます。
いうならば、そのくらい、研ぎすまされているなぁ、とも思います。

ガンジーの亡くなった日に、アインシュタインは、
「かつてこのような人間が実在したことが、信じられなくなる時代が来るだろう」
と語ったといいます…。
比喩だとは思いますが、ガンジーの言葉に心を動かされた今日の私は、
ここはできれば…、アインシュタインに賛同したくないのです…。
いや!、数日前のブログで記しましたように、
アインシュタインが、かつて日本の国柄を、
アジアの最高峰日本…。日本という尊い国があることを…、神に感謝”と
賛嘆したのは、ここでいわれるような意味においても、
日本は他にはない例外的存在だ、
と言わんとしたのではないか…と、信じてやみません。
なぜなら、我々の国には、かつてガンジーにおとらないような
賢者(魂の偉大な人)が、ちまたの凡夫にも多く実存したであろうと、
容易に信じられるからです。

考えてみますと、
前述のガンジーのメッセージような普遍的な言葉は、
次のように様々に組み合わせてもおかしくないと思いました。

たとえば、
・人間性なき富
・良心なき科学
・道徳なき宗教…
というように。

多くのものが、判りやすい警告になります。

日本は商業国家ですから、人々の日常の関心は、
どちらかというと政治や学識のようなものよりも、
人それぞれの形で商業的な事(稼ぐ事)にあるかもしれません。
そんなこともあるので、前述の言葉を、更に一般向けに、
『商業』に置き換えると、判りやすいかもしれません。
人それぞれ等身大の日常の事として…

・理念なき商業
・良心なき商業
・人格なき商業
・人間性なき商業
・献身なき商業

どうでしょうか!?
こんな商をやっているようでは、
善良な社会人とはいえないなぁ…という感じですね。

しかし、こんな商売をしているところが、
あまりにも多くないでしょうか??
バブル時代を経て、日本人の感覚も変わってしまった。

ご先祖さま達の努力もあって、日本は植民地になった事はありません。
しかし、戦後は、ゆるやかに懐柔されて、従来の感覚を失い、
拝金主義や商業主義の奴隷と堕してしまった面があるのは否めません。

社会を良くしてゆくのには、商道徳も肝心なのだと思います。
おかしなことをしていると、精神にゆがみが生じます。
歪んだ精神では、健康になど、なり得ません。

私達は未来の社会をつくるにあたって、
心の在り方も改善してゆくべきなのでしょう。
もちろん物事は、努力の最中においては、
うまくゆかない事もあるでしょう。
しかし、日和見主義になってはいけませんね。

前述のガンジーの言葉を
教育』『医療』などと置き換えるとおぞましいです。
現代の日本は、そんな事が横行してしまっています。
多くが商業的価値観だけになってしまっています。

もちろん商業も、お金も、とても大切なものです。
やせ我慢した清貧も、ある意味、愚かしいと思います。
私は、人々が豊かである事を望みます。
しかし、健康や精神の大切さを扱う者は、
拝金主義の危うさを胆に命じておかなくてはいけません。

私は、私の道を通じて、
良い未来を作ってゆきたいと感じます。

心を清々しい方向に向けられない生き方をしていては、
地位やお金があっても、砂上の楼閣と同じで、
結局は、自分自身で、自分の首を絞める事になります。
歪んだ精神で作ったものは危ういのです。
人生とは、そんなものではないかと感じます。

気づいた方は、勇気を持って欲しい。
良い未来を作るためのリーダーは、
気づいた人、一人一人なのですから。

もちろん、完璧な人などいません。
だからこそ、共に心を練り、歩んでゆきたいと思っています。

未来の子供達の喜ぶ顔を思い描きながら…。
それが、先人達への恩返しでもあるのだと思います。

ガンジーの言葉は、過去のインドの人々だけではなく、
現代の私たちや、未来の人たちの心にも響くものだと感じます。

今日も生かしていただきまして、ありがとうございます。
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自己紹介

村松幸彦
HP:
性別:
男性
職業:
整体師・指導者
趣味:
水泳。それを発端に「人を育てる事」が生き甲斐

  
ビジョン:


整体で日本を変える!

普遍性に基づく この技術は、限られた者が、私(ワタクシ)するものではない! 一人でも多くの方々に、この素晴らしい技術と出会って頂けるよう、その機会を作りたい!


私は若い時に水泳選手をしておりました。その後、職業コーチとして人を育くみ、可能性を伸ばす事に従事してきました。しかし、激務により椎間板ヘルニアを患ってしまい、激痛に七転八倒。現役選手からは退いていましたが、現場でスポーツに関わる者としては致命傷でした。

実はその数年前、事故による不運で、父は実家を手放なしておりました。私は狭いアパート暮らしをしながら、暗澹とした気持を撥ね退けるように頑張り続け、やっとの思いで自分の人生を軌道に乗せつつあったのですが…。そんな矢先の凋落。「若くして、こんな病気になってしまうなんて…」と我が運命を悔やみながら、それまでの夢を断念せざるを得ませんでした。一年間程、一般外科に通院しましたが、病状は回復しませんでした。当時、私なりに、様々な責任がかかる一方で、一寸先は真っ暗闇という気持ちでした。

いよいよ手術をしなければいけないと迷っていたのですが、周囲の助言を聞いて療法を切り替えました。各種療術、鍼灸など東洋医学、カイロプラクティックなど「いい先生がいる」と聞いては、たとえ遠方や県外であっても、良い治療院を求めて転々としました。

治療を進めながら、私は「人生、こんなことで落ち込んでいてはダメだ。又、様々な自分の不運を他人のせいにしてはいけない」と、考えを転換。更に「身体と心は、ひとつのつながったものなのだ」という感覚を、体験的に持ちはじめました。最終的には、それまでは持ち得なかった 人生における様々な別の視点を与えてくれた“気づき”の為の機会として、自分の「病」にさえも感謝する事が出来る様になってゆきました。他者を恨むではなく、自分の気持に責任を持って絶対積極の道を選ばなければ、と考え、ささやかながらマイホームを建てるという自らへの挑戦を致しました。「人生、明るい方を見よう」と。

そんな末、徐々に体調を回復。

それに前後して、施術療法における 精神的な師 とお呼びするに相応しい方とも出会いがありました。今は亡き その恩師は、大変な力を持っていた方ですが「私の療法は自分一代限りのもの」と言われ、直接的な後継者を作られませんでした。しかし、ご縁あって、師より薫陶を受けることが出来たことは、何ものにも代え難い経験となりました。

そのようにして整体術を中心に様々な施術療法で体調を回復し、心持ちの大切さに気づいた喜びと感動が志に繋がり、後日、自らも整体術(当初は揉み系)を学び、自分の治療院を開院するにいたりました。

お陰さまで、私の治療院は最初からうまくゆき、四ヶ月目で、一ヶ月に百人以上の来院者が来られ、その後も安定して来院者は増える一方でした。

しかし途中、当時の施術法は限界にぶつかり、自分の身体も、施術結果も限界に…。プロとして思い悩んでいた頃、自然形体療法と出会い転向。師の下で研鑽を深め、独立後それを元に技を進化させ、多くの問題を解決してゆきました。

私の治療院は順調で、何ら問題はなかったのですが、胸中の志からすると、自分の治療院の成功だけでは満足出来なかったのです。

常々、私の得た療法を広めたい、多くの方々と、この技と心を分かち合いたいと思っておりました。またプロとして活躍していただく為には、治療院運営方法の伝授も大切な要素だと考えました。

心 思いて学ばざれば即ち暗し、学びて思わざるは即ち危うし。

かつて共に学んだ後輩をフォローする形で【日本回復整体学院】を設立。副学院長として、学院の運営以上に、主として施術の実技指導、及び治療院運営法指導の役割を担いました。

平成21年3月、当初の志を全うする意志を持って学院より独立。

累加の教え子達からは「従来なかなか食うに困る業界と言われていたが、この技術によって、人を癒し、成果を上げ、人並み以上の治療院をまかなう事が出来るようになった」と言われる事が多いのは幸いです。

これまでの時代、それで良かったのかもしれません。しかし、私は、身体不調や人生の軋轢がもたらす他者の「痛み」に関わる者として、教え子の皆さんには、技術だけではなく、人の「心」を鑑みることを忘れずにいて欲しいと望みます。治療の本質、そして生まれて来たことの意味の本質は、そこに有るのですから。「心」を忘れた治療は、換骨奪胎、仏作って魂入れず。

その一方で、太陽は誰のもとにも輝く。

このご縁が広がり、朗らかな各々の人生を生きて頂きたい。そしてその際、この太陽のような暖かさに気づかない方、不調者さま達には、その事を全身全霊をもって伝えて頂きたいと思います。治療というのはそういうものなのです。それがこの技を授かった者の使命だと思っています。

これまでの機会では、技術においても、心においても、まだまだ皆さんに、十全には伝えきっておりません。出来るだけ多くの方々に、この技と心を伝えたい。それを行ってゆく事が私の使命だと考えております。

整体で日本を変える!



思えば、かの
万世の為に太平を開かんと欲す、という言葉をもって、日本は、信じられぬ程に大きく変わり、その想いに違わぬ発展をしてまいりました。時代は、たえず変わるものです。人が求めるもの、時代の意識、物事の価値さえもが移り変わって往きます。苦難をしのいだあかつきに、ひとつの大業が成されると、その時点からでしか見えない視点が生じます。そして、大きな志とは、時代を超え、尚も貫かれるにたるものなのです。

「万世」とは、単に “現在、広く世にあまねく” のみならず、未来の世代はもちろんの事、過去までをもさし含む言葉ではないかと、私は察します。こころざし次第で、不思議な程に、過去の物事の意味でさえも変わってゆく。今という激動の時代、ご縁のある方々の安寧かつ希望あふれる未来を望むにあたり、初心を忘れず、意新たに。

各々に与えられた「時」「機会」「出会い」の意味を問い、それに感謝。

あいまみえぬ時代をも含めて、技や心の師、友、後進達と共に、この想いを分ち合いたい。




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