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「「本質」を気づく」の詳細記事: 村松幸彦ブログ:堂々、富士の如く

村松幸彦ブログ:堂々、富士の如く

生まれ赤子の こころ に帰ろう。

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「本質」を気づく

f3535e69.jpg   終戦を振り返ると、何故あのような
  戦争への流れになってしまったのか…
  と、今更のように思います。

  過去を振り返り、きちんと捉えてこそ、
  明日があるのだ、と思いまして、
  今日は、この話題を取り上げてみました。

悲劇の歴史は繰り返したくないと、誰も望むところだと思います。
純粋な気持ちを揶揄したり、批判したくはありません。しかし、
本質を捉えることからはじめない限り、そのような思いは、
最初から反故にされてしまっているのも同然なのだと思います。

軍国主義の時代においては、
我が国は、仕組み、組織で縛りを掛けて、
自由な意見が言いにくい環境にありました。

また今となって、
往時ぬけがけをしていた官僚や指導者によって、
戦争という道に引きずられていってしまったという
驚くべき事実の証左も、散見されるようなって来ました。

「本質」を見せないように、見れないように…
させられていた。
そういったことにも気づくべきかもしれません。

と…、このように書いてしまうと言い過ぎでしょうか。
言い過ぎには思わないと思う方は次をお読みください。
 


とても正視出来るような事ばかりではない…、
歴史には、そんなことも沢山あります。

「本当の神風は、戦後に吹いたのではないか…」という歴史学者が居られます。
なるほど…、多くの犠牲の後、人々は真剣に復興を願ったのでしょう。
日本は、灰塵の中から奇跡的な復興を遂げることが出来ました。
戦後は、世界有数の潜在力のある国だということも、一時は証明されました。

悲劇に目をつぶる事は出来ませんが、
他方、先人たちの反面教師的な「気づき」や、
命をもかけた強い「思い」の力あってこその
ことだったのではないかと感じます。

一人一人の個人には、
どんな時代においても変わらない、
人としての生」があります。
時代に翻弄されつつも、強く前を向いて生きようとした
先人たちの努力や、後進の私達たちに対する彼らの「思い」を
忘れる事は出来ません。

先人たちの魂が安らぐ事を願います。



戦後、悲劇の歴史を振り返りつつ、
『しいたげられていた自由』を解放したい、と
誰かが何かを言う…。
それに同調したものが行動を起こす…。
そのことが連鎖しての、デモや暴動。

その渦中において、再びまた狂ったような熱情によって、
人としての個人が犠牲になってゆく…。

このことは何も政治だけでなく、
今の会社組織や団体でも、
多かれ少なかれ、似たような事が起こっています。
世界のどの国でも、多くが、このようなパターンだと思います。

「企業戦士」という生き方もありました…。

ビジネスにおける様々な支配も、場合によっては、
また、見方によっては、似たような事があります。


この事実に気づくと、
本質」は、なんら変わらないような気がします。
ここに気づいて頂きたいと思います。

支配しようとする思考の人とは、
騒がないと理解できないようです。
組織の矛盾点や、見解の相違を見破られていても、
騒いでいないから“良し”とする決め方をします。

そして反発が出たときに、
次に取る行動も、おおよそパターンが決まっています。

仕組みを一部改定する。(風当たりを減らす妥協程度に)
力で屈しさせる。
義務と権利をかざす。
自分たちを正当化する。

つまりこれは、協調でも、調和でもありません。
ただ単に、取り繕っているだけです。

税金も取れるところから取り、
騒いだら取り立てすぎを反省する。
(いや、妥協するふりをしつつ、次の手法を考えている)
これが、今の政治です。

昨今の良心や道徳のないビジネスの世界も似たような形です。

奪い取ることが頭から離れないから、そうなるのです。
与えることが」することと悟るべきです。

物事の本質を捉えないと、歴史は繰り返すと思います。
その中で、人としての個人々々が犠牲になってゆく…。

次の時代を作るのは、我々の「気づき」や「思い」です。
我々の時代には、我々の時代の課題があります。
多くの物事を教訓に…、命のバトン・リレーは続きます。

時代は変われど、
少しでも深い「本質」に気づいてゆけるよう、
生きるべきだと思います。

今日も生かしていただき有難うございます。
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自己紹介

村松幸彦
HP:
性別:
男性
職業:
整体師・指導者
趣味:
水泳。それを発端に「人を育てる事」が生き甲斐

  
ビジョン:


整体で日本を変える!

普遍性に基づく この技術は、限られた者が、私(ワタクシ)するものではない! 一人でも多くの方々に、この素晴らしい技術と出会って頂けるよう、その機会を作りたい!


私は若い時に水泳選手をしておりました。その後、職業コーチとして人を育くみ、可能性を伸ばす事に従事してきました。しかし、激務により椎間板ヘルニアを患ってしまい、激痛に七転八倒。現役選手からは退いていましたが、現場でスポーツに関わる者としては致命傷でした。

実はその数年前、事故による不運で、父は実家を手放なしておりました。私は狭いアパート暮らしをしながら、暗澹とした気持を撥ね退けるように頑張り続け、やっとの思いで自分の人生を軌道に乗せつつあったのですが…。そんな矢先の凋落。「若くして、こんな病気になってしまうなんて…」と我が運命を悔やみながら、それまでの夢を断念せざるを得ませんでした。一年間程、一般外科に通院しましたが、病状は回復しませんでした。当時、私なりに、様々な責任がかかる一方で、一寸先は真っ暗闇という気持ちでした。

いよいよ手術をしなければいけないと迷っていたのですが、周囲の助言を聞いて療法を切り替えました。各種療術、鍼灸など東洋医学、カイロプラクティックなど「いい先生がいる」と聞いては、たとえ遠方や県外であっても、良い治療院を求めて転々としました。

治療を進めながら、私は「人生、こんなことで落ち込んでいてはダメだ。又、様々な自分の不運を他人のせいにしてはいけない」と、考えを転換。更に「身体と心は、ひとつのつながったものなのだ」という感覚を、体験的に持ちはじめました。最終的には、それまでは持ち得なかった 人生における様々な別の視点を与えてくれた“気づき”の為の機会として、自分の「病」にさえも感謝する事が出来る様になってゆきました。他者を恨むではなく、自分の気持に責任を持って絶対積極の道を選ばなければ、と考え、ささやかながらマイホームを建てるという自らへの挑戦を致しました。「人生、明るい方を見よう」と。

そんな末、徐々に体調を回復。

それに前後して、施術療法における 精神的な師 とお呼びするに相応しい方とも出会いがありました。今は亡き その恩師は、大変な力を持っていた方ですが「私の療法は自分一代限りのもの」と言われ、直接的な後継者を作られませんでした。しかし、ご縁あって、師より薫陶を受けることが出来たことは、何ものにも代え難い経験となりました。

そのようにして整体術を中心に様々な施術療法で体調を回復し、心持ちの大切さに気づいた喜びと感動が志に繋がり、後日、自らも整体術(当初は揉み系)を学び、自分の治療院を開院するにいたりました。

お陰さまで、私の治療院は最初からうまくゆき、四ヶ月目で、一ヶ月に百人以上の来院者が来られ、その後も安定して来院者は増える一方でした。

しかし途中、当時の施術法は限界にぶつかり、自分の身体も、施術結果も限界に…。プロとして思い悩んでいた頃、自然形体療法と出会い転向。師の下で研鑽を深め、独立後それを元に技を進化させ、多くの問題を解決してゆきました。

私の治療院は順調で、何ら問題はなかったのですが、胸中の志からすると、自分の治療院の成功だけでは満足出来なかったのです。

常々、私の得た療法を広めたい、多くの方々と、この技と心を分かち合いたいと思っておりました。またプロとして活躍していただく為には、治療院運営方法の伝授も大切な要素だと考えました。

心 思いて学ばざれば即ち暗し、学びて思わざるは即ち危うし。

かつて共に学んだ後輩をフォローする形で【日本回復整体学院】を設立。副学院長として、学院の運営以上に、主として施術の実技指導、及び治療院運営法指導の役割を担いました。

平成21年3月、当初の志を全うする意志を持って学院より独立。

累加の教え子達からは「従来なかなか食うに困る業界と言われていたが、この技術によって、人を癒し、成果を上げ、人並み以上の治療院をまかなう事が出来るようになった」と言われる事が多いのは幸いです。

これまでの時代、それで良かったのかもしれません。しかし、私は、身体不調や人生の軋轢がもたらす他者の「痛み」に関わる者として、教え子の皆さんには、技術だけではなく、人の「心」を鑑みることを忘れずにいて欲しいと望みます。治療の本質、そして生まれて来たことの意味の本質は、そこに有るのですから。「心」を忘れた治療は、換骨奪胎、仏作って魂入れず。

その一方で、太陽は誰のもとにも輝く。

このご縁が広がり、朗らかな各々の人生を生きて頂きたい。そしてその際、この太陽のような暖かさに気づかない方、不調者さま達には、その事を全身全霊をもって伝えて頂きたいと思います。治療というのはそういうものなのです。それがこの技を授かった者の使命だと思っています。

これまでの機会では、技術においても、心においても、まだまだ皆さんに、十全には伝えきっておりません。出来るだけ多くの方々に、この技と心を伝えたい。それを行ってゆく事が私の使命だと考えております。

整体で日本を変える!



思えば、かの
万世の為に太平を開かんと欲す、という言葉をもって、日本は、信じられぬ程に大きく変わり、その想いに違わぬ発展をしてまいりました。時代は、たえず変わるものです。人が求めるもの、時代の意識、物事の価値さえもが移り変わって往きます。苦難をしのいだあかつきに、ひとつの大業が成されると、その時点からでしか見えない視点が生じます。そして、大きな志とは、時代を超え、尚も貫かれるにたるものなのです。

「万世」とは、単に “現在、広く世にあまねく” のみならず、未来の世代はもちろんの事、過去までをもさし含む言葉ではないかと、私は察します。こころざし次第で、不思議な程に、過去の物事の意味でさえも変わってゆく。今という激動の時代、ご縁のある方々の安寧かつ希望あふれる未来を望むにあたり、初心を忘れず、意新たに。

各々に与えられた「時」「機会」「出会い」の意味を問い、それに感謝。

あいまみえぬ時代をも含めて、技や心の師、友、後進達と共に、この想いを分ち合いたい。




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